お休み処「わびすけ」

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京都駆け足旅行

♫京都大原三千院 恋に疲れた女がひとり 結城に塩瀬の素病の帯が 池の水面にゆれていた・・・♫。 永六輔の詞にいずみたくが曲を付け、デューク・エイセスが唄った名曲である。

小雨のそぼ降る中、紅葉にはまだ早い大原三千院を訪れた。大原の地には千有余年前より魚山と呼ばれ、仏教音楽の発祥の地だそうである。三千院は京都市街からバスで1時間弱かかり、小浜に抜ける国道367号線から少し入ったところにある。国道367号線は「鯖街道」とも呼ばれ、小浜湾で獲れた海産物などを京に運ぶために使われた街道だそうである。特に京では小浜の鯖が好まれたことから、この呼び名が付いたといわれている。

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*『苔庭で可愛く首をかしげる“わらべ地蔵さん”』

 

三千院門跡は山号を魚山と呼び、開祖は最澄、ご本尊には薬師如来を祀る、天台宗五箇室門跡の一つである。往生極楽院に納められている国宝・阿弥陀如来の両脇には日本式の正座をした両脇侍が跪き、特異な姿を見せていた。

私が約40年前に訪れたときに、確か客殿に掲げられてあった「洗除無垢」の書に出会えなかったのは非常に残念であったが、他の場所に掲げられていた「無己利他」の書に出会えたのは幸運であった。DSC_0816 - コピー何故ならば、「ういすたりあ施設内研修」でシリーズ開催していた「人間力向上研修」の中で講師が説かれた「自喜喜他の心」(見返りを期待せず、常に「人の喜ぶこと」「人が感動すること」「人のためになること」を自らの喜びとし、それを具体的な「形」に表していくと、その人には“人間的魅力”という見返りとともに、“限りない感動”が訪れるという意味)という言葉を思い出し、まさに「自喜喜他」が「無己利他」の現代版の教えと思えたからである。

「恋に疲れた和服の女」には出会えなかったが、「心を満たす書」に出会えて幸運だったと思っている。

翌日は電車を使って「渡月橋」「天龍寺」そして今テレビコマーシャルによく出てくる「竹林の道」を回った。天龍寺では「大方丈(方丈は住職の居室の意)」の広い縁側に腰を下ろし、眼前の「曹源池」の景観に見とれている多くの外国観光客の姿があった。事実、私も素晴らしい景観を堪能させていただいた。DSC_0831 - コピー

しかし、瞳の色が異なる外人さんたちには、この素晴らしい景色が、私の観たものと同じように映っているのだろうか?

『目はカメラにたとえられますが、カメラの絞りに当たるのが虹彩です。虹彩は、目を正面から見たときに黒目の中に見える部分です。虹彩の真ん中には、光を通すための瞳孔という窓があります。虹彩にはメラニン色素が含まれており、色素が多いと黒や茶色、少ないと青や緑色の瞳になります。

それでは、目の色によって見え方は違うのでしょうか? 厳密には、光が反射して目に入る量が違うので微妙に色が違って見えると思います。しかし、普通に物を見る分には、色や見え方にそれほどの違いはないのです。なぜなら、色を識別するのは網膜だからです。

実は、哺乳類の中で色鮮やかな世界を楽しんでいるのは、人間とサルだけだそうである。例えば犬や猫には色を感じる錐体(色を識別する視細胞の一つ)がないので、モノトーンに近い世界を見ているのである。』(坂井建夫・面白くて眠れなくなる人体)

ニャンともおきのドッグな世界である。

伊藤 克之